豊島屋
HOME
鳩サブレー
商品のご案内
菓子の歴史
鎌倉いろいろ
店鋪のご案内
ご注文のご案内
お知らせ
ショッピング
八十小路


 

*暗かったころ
鎌倉が市になったのは昭和十四年だが、市制問題が論議されはじめたのは、それよりだいぶ前の六年ごろからだった。
ちょうど、このころからが世相の端境期とでもいったらよいのか、大正自由主義の末期といえばよいのか、とにかく鎌倉もこれまでとは変りはじめた時だった。つまり、じりじりと右旋回の度を強めつつあった時勢の渦巻が、明治以来のハイカラ・カマクラをひとり超然とはさせて置かなかった時期である。
そして、市制施行になってからはもうすっかり戦時色に塗りこめられて行くばかりであった。
国民服に巻脚絆、割烹着にもんぺの姿が日常の服装になり、防空演習、竹槍訓練、勤労奉仕のもっこ担ぎなどが日課のようになる。
燈火管制で街灯は取払われ、金属回収では鍋釜や寺の鐘まで提出させられた。いちばん無惨な気がしたのは、松根油の原料として松並木の老松がつぎつぎに伐り倒されたことだった。



鎌倉のなかの明治
その1「段葛」  その2「海岸への道」  その3「別荘」  その4「海のことなど」  その5「人力車 自転車」  その6「松のある風景」
鎌倉のなかの大正
その1「鎌倉劇場」  その2「白切符 青切符」  その3「鎌倉能楽堂」  その4「自動車」  その5「遊覧馬車」   その6「外人客」  その7「海浜博覧会」  その8「海軍さん」  その9「洋食屋」  その10「第二の変わり目」
鎌倉のなかの昭和
その1「提灯」  その2「めいた町」  その3「海から来る春」  その4「暗かったころ」  その5「市民座」  

ご注文のご案内