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八十小路


 

*第二の変わり目
鎌倉の大正を語るとき、面白い話題ではないが、大正12年の大震災を見過ごしにすることはできない。
 明治以降の鎌倉にとって、鉄道開通が第一の転換点であったのと同様に、この大地震は第二の変わり目だったといえる。
 被害はすこぶる大きかった。
 鎌倉の全戸数4385戸の内、全半潰合せて3250戸、町の4分の3が潰れた勘定である。また、焼失した家が489、津波で流された家は84。これらに比して、崖崩れによって埋没したのは僅か2軒しかない。まわりの山がまだ手付かず切崩されていなかったし、木々も健やかに根を深く張っていたからだろう。
 このように手ひどくやられはしたが、立直りは早かった。その上、地震前よりは目立って戸数が増して行った。大都会からの移入者だった。東京などに較べたら、空地が多く安全度が高いというのが理由だったらしい。



鎌倉のなかの明治
その1「段葛」  その2「海岸への道」  その3「別荘」  その4「海のことなど」  その5「人力車 自転車」  その6「松のある風景」
鎌倉のなかの大正
その1「鎌倉劇場」  その2「白切符 青切符」  その3「鎌倉能楽堂」  その4「自動車」  その5「遊覧馬車」   その6「外人客」  その7「海浜博覧会」  その8「海軍さん」  その9「洋食屋」  その10「第二の変わり目」
鎌倉のなかの昭和
その1「提灯」  その2「めいた町」  その3「海から来る春」  その4「暗かったころ」  その5「市民座」  

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