*白切符 青切符
大正の初め、鎌倉には別荘が約四百あり、そのうちの六十が皇族、華族の別邸だった。御用邸のほかに、皇族が三、華族が五十六、−その内訳は公爵七、候爵七、伯爵七、子爵八、男爵二十七だった。これがそのまま反映していたと思えるものに、鎌倉駅の一、二等の乗客数がある。なにしろ鎌倉に自動車が一台しかなかった時代だから、どんな「おえらがた」でも出かけるとなれぱ、汽車だった。大正五年の統計によれば、鎌倉駅の一等車乗客、いわゆる「白切符」は一万二千八百人、二等の「青切符」が十三万二千九百人である。なお三等の「赤切符」客は五十七万五千四百人だった。いずれも湘南別
荘地の各駅よりは格段に多い数字である。当時の駅は現在よりも南にあり、
後ろは田と畑ぱかりの標準的な田舎の小駅で、上りホームには、下りホームからブリッジを渡らなければならなかった。
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