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八十小路


 

*鎌倉能楽堂
塔の辻の通りから佐助ケ谷への道をすこし入った畑の中に、鎌倉能楽堂が建ったのは大正3年であった。まだ佐助道に10軒とは家がなくて、保育園から先きは佐助稲荷までずっと田園ぱかりだった頃である。佐助川の水もきれいで、目高がおよぎ、芹が採れ、夏は蛍が飛んでいた。能楽堂を建てたのは、鎌倉能楽会という10人ほどの小さなグループだった。会貴の殆どは、功成り名遂けて余生を能楽のたのしさの中に送ろうという「ご老体」だったが、会の肝煎役としてあれこれの世話していたのは、会員中の最年少、40代になったぱかりの高濱虚子であった。虚子が鎌倉に居を定めたのは明治43年だが、そのころから既に同好の人たちは虚子の家に集って能囃子に興ずることが屡々だった。
それがやがて能楽会となり、能楽堂建設にまで発展して行ったのである。ここの松羽目は平福百穂が描いた。この舞台で虚子は「羽衣」を舞った。



鎌倉のなかの明治
その1「段葛」  その2「海岸への道」  その3「別荘」  その4「海のことなど」  その5「人力車 自転車」  その6「松のある風景」
鎌倉のなかの大正
その1「鎌倉劇場」  その2「白切符 青切符」  その3「鎌倉能楽堂」  その4「自動車」  その5「遊覧馬車」   その6「外人客」  その7「海浜博覧会」  その8「海軍さん」  その9「洋食屋」  その10「第二の変わり目」
鎌倉のなかの昭和
その1「提灯」  その2「めいた町」  その3「海から来る春」  その4「暗かったころ」  その5「市民座」  

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